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二月も明日で終わり。 [なんか良いことないかな~]

オリンピックも終わり4年後は韓国ですか。日本は2回もやってるし経験豊富なので、なんでも協力してあげられると思うけど、あの方は頑なすぎるので話出来ませんわな。それにしても明日で2月も終わり?予想通りに、早め早めに過ぎ去って行きますな( ^ω^ )

「無用の言を言はざる」

吾が性多言なり、多言は敬を失し誠を散づ、故に無用の言を言はざるを第一戒と為す。(安政六年正月二十四日 李卓吾の『劉肖川に別るる書』の後に書して子大に訣る」

私はどうも多弁な性格である。多言であれば、敬いの気持ちを失い、まごころが散り失せてしまいがちになる。だから、必要のない言葉は口にしない、ということを第一の戒めとしている。

以前にも引用したが、「いらん事を、また喋っとるなぁ~」と思う人が後を絶たんですな。NHKの某委員長は理事の方に辞表を出させておられたらしい。あの方の言動や、そういう行動を知ると「とても、こんな上司とは働けないな!」と思う。日本ユニシスを少し傾けたと言う噂はあながち嘘ではないだろう。何が悪いのか?と公言されるのだから、ご自身は絶対に悪いとは思われていない。

彼に比べれば、昔っから失言癖のある某総理の蜃気楼さんは、少し可愛げがある。あの方は本当に根っから嘘が付けない方なのだろう。真央ちゃんが一枚も二枚も大人の対応してくれたんで助かったんじゃないのかな。彼女が涙浮かべてボロボロに泣き崩れでもしたら、どうなさるおつもりだったのか?もともと総理や東京五輪組織委員会会長になれる器にあらず、のはずなのだが不思議と巡り合わせの良い人なんだろうね。まぁ~両方のお方を選ばれたのは安倍さんなんですけどね。あの方のお仲間にあのような方々が多いのは「類は友を呼ぶ」って事でしょうか(^_−)−☆

「目の寄る所へ玉も寄る」:目が動くにつれて、その方向へ瞳も動く。
Birds of a feather flock together (同じ羽毛の鳥は群がる)


猫よ [詩・本]

2月22日、1987年に制定された猫の日らしい。ニャンニャンニャン?つまらん語呂合わせだ(^_^) では犬の日はあるのだろうか?ちゃんとあるんだね。1987年に11月1日をワンワンワンとし犬の日と制定されてた( ^ω^ ) おそらく猫に先を越されたのだろう。そうでなければ1月11日にするのでは(^-^) とは言えそれぞれの流派の方には、年に一度のセレモニーだったりするのかな( ^ω^ )

その昔、飼ってた犬が15歳で亡くなった。ワンちゃんの平均的な寿命なのかな。老衰だったのか病気だったのか?やっぱ亡くなると辛いですわ。散歩の時間が来ると玄関前に座って尻尾振って待ち構える。外に出ると、すごい力で引っ張ってね(^ω^)躾もろくにしなかったけど、何時に帰ってきても真っ先に近寄って来てくれて。あの子達は居るのが当たり前で、いつも身体を寄せてスリスリしてた記憶はあるなぁ~( ^ω^ )

居るのが当たり前の子が、わかっていてもいなくなるのは寂しいものだ。例えば自分に死期が近づいているとしたら、出来るのならば余命は聞いておきたい。自分の死期を知ることが出来るというのも人間ならではの特権であって動物には、いつ自分が死ぬか?なんてわからないのだから。「イヤ、待てよ?」もしかすると彼らだって人間が類人猿の頃に持っていたかもしれない第六感という超能力(虫の知らせ?)で自分の死期なんてわかってたりしてね( ^ω^ )

無償の愛というか常に全力で好かれてたように思う。甘噛みもすれば舐め回す。「さっきコイツ尻の穴舐めてたよな!」と気づいてもオイラだって嫌な感じはしない( ^ω^ ) ワンちゃんもニャンコも、もう一度くらいは一緒に住んでみたいんだけど…

『猫よ』工藤直子

猫よ
また春がきた
おまえが いなくなってからも
春は きちんとやってくる

猫よ
おまえのいない わたしの春は
みんなのところに くる春と
すこしちがう気がするのだけれど

わたしが いなくなっても
春はいつも
だれかのところへ いくのだろうね

おまえとわたしの いない春の空には
どんな風が吹いているのだろうね

猫よ




ひそやかな音に耳澄ます [詩・本]

今朝起きて外を見ると、昨日あれだけ暖かかったのに、未だに雪が溶けない。全くしつこい(。-_-。) 幹線道路も二車線の片側には雪があって除雪も進まず。重機がないのでなんともしようがないんだけどね。新潟から除雪車がボランティアで入ってるらしいけどありがたい話だ。

オイラは大きな音が苦手で、それが理由でパチンコ屋に出入りしない(^_^) おかげで無駄な銭も使わないで済んでる(儲かると言い切る人がいるが、儲かった時の話しかしないのだから実態は負けてると思うんだけどね( ^ω^ )) 車で移動する時もラヂオもCDも点けてない事がほとんどで、ほぼ無音だ。お喋りな人も苦手なような気がする( ^ω^ ) ジェットストリームの城達也さんまでなら許すけど、太ってて声のデカイ男の声なんぞはとんでもない( ^ω^ )



ひそやかな音に耳澄ます<長田弘>

微かな音。もっとも微かな音。すべて静まりかえったなかに、しーんという音。遠くの音のようで、すぐ耳元に聴こえる音。とても稠密な音。静けさというのは、何の音もしないということとはちがう。静けさよりももっと静かな、もっとも微かな音が聴きとれることだとおもう。沈黙の音としかいえない音がある。その微かな音が、心音のように亢(たか)まってくる。空気がふっと濃くなってくるようだ。
<中略>
音がきっとおおすぎるのだ。おおすぎるのは、もともとなかった音だ。つくりだされた音だ。だがつくりだされた音は、じつは音をしりぞける音だ。つくりだされた音がおおすぎるということはしりぞけられた音がそれだけおおいということだ。つくりだされた音に蔽われるままになってしまった音。聴きとることのかなわなくなった音。消されてしまった音。耳にしなくなった音。いつか失われていった音。
とりわけ小さな音だ。古語に数おおくあって、今日の言葉に数すくないのは、小さな音を愛でる言葉だ。今は小さな音がバズ(ブーンという音)に、耳ざわりな音にすぎなくなって、日常にあって、ひそやかな音に耳澄ますということが、心を楽しますものとおもわれなくなった。心解かれるのは大きな音、それも他の音を圧する音だ。大きな音ばかりが世にはばかるようになって、日々の表情をつたえる音がすくなくなった。
たとえば夏目漱石が『永日小品』に書きとめた日々の音は次のような音だ。
泥の音。森の中の雨の音。雨のざーっという音。冬の半鐘の音。雨戸をはずして入って逃げた泥棒の足音。夜中に鼠が鰹節をかじる音。襖を閉める音。火鉢の切り炭のばちばち鳴る音。欄間に釘を打つ音。杉垣のつづく家から、微かに漏れてくる琴の音。正月に鼓をかんと打つ音。春の日に、子どもがヴァイオリンを擦る音。
火事の火の粉の飛ぶ音。激しく号鈴を鳴らしながら、馬の蹄とともに到着する(消防の)蒸気ポンプの音。青桐の枝を、植木屋が鋸で、ごしごし引いて切り下ろす音。窓の障子をがらりと開ける音。老いた猫の、くしゃみともしゃっくりともつかぬ、苦しそうな音。大通りをがらがら押されてゆく荷車の音。下駄の歯入れ屋が古い鼓を天秤棒にぶらさげて、竹のへらでかんかん叩きながら、垣根の外を通り過ぎてゆく音。
どんな小さな音だろうと、音は日々のなかにある時代の音だ。漱石の書きとめた日々の音のほとんどは、いまではなくなった音だ。時代のもつ文明の音が、街の音だ。人が昔に持つ記憶というのは、自分の耳で聴いた時代の文明の音の記憶なのだ。
<中略>
追い越してゆく音。耳をつんざくような音。叩いて音がするのが文明開化だとした明治の俚言(りげん)にならっていうと、日々に音をつくりだすのが文明のありようであるなら、文化というのは静けさに聴き入ることだとおもう。もっとも単純なことだ。だが、もっとも単純なことが、いまはもっともむずかしいのだ。次の単純な問題にこたえることがとてもむずかしいように。
問題。今日、聴いた音は、次のどの音か。風の音。樹の音。鳥の声。川の音。



オイラの散歩コースに利根川沿いのサイクリングロードがある。家の裏側で20mも行けば川だ。川幅は50m程、直ぐの場所に橋があって渡るのだが正月でもなければ水の流れる音は聴こえない。去年だったか台風来た時に増水した水が樹を巻き添えに流れていった時の音は凄かった(^_^)

それでも今日、聴いた音は?と聞かれると答えられないな( ^ω^ ) 考えてみれば子供の頃聴いた音はたくさんあるのに、どうして今は聴こえて来ないんだろうね。鈴虫、青松虫、雀、カエル、鳥の鳴き声といえばカラスくらいか(^.^) ツーリングで北海道走り回ってた時もフクロウや鷹?も目にしたけど鳴き声は聴かなかったような。夏に縁側で汗かいて寝転んでると蝉の声に吹き抜けてく風の音、風鈴、リヤカー引っ張ってく子供会の廃品回収の声、あぜ道を歩いてく靴の音、下駄履きだったりサンダルだったり、個人が特定できる歩き方の音。線路のレールに耳を押し当てて聴いてた音。今じゃ全然聴こえてこないんだね。

先日、中古不動産の物件見てたら数寄屋造りの8SDKの平屋で、1200坪!3500万円で売りに出てた。8人の人が検討中とアナウンスされてた。隠遁者の生活。赤城山の裾で市内までは20km程だ。あの場所には忘れてしまった音があると思う( ^ω^ ) それにしても8人もですか。憧れはあるけど、ちょっとした買い物や病気になったりするとなぁ~。もちろん銭はないので買えませんけどね。売りに出した方はどうされたんだろう。余計なお世話か(^_−)−☆






雑感(2月20日) [なんか良いことないかな~]

『おだやかな徳望の人』常岡一郎
植木のしん芽を見ればやさしい。力なく見える。やわらかい。やさしい。このしん芽はただ天空を慕って伸びている。芽のやわらかい時にその木は伸びる。この芽の周囲には強い堅い丈夫な枝が繁っている。守っている。その木を伸ばしている。
多くの人を働かせる人物は、常に生き生きしていなければならぬ。悦びと感謝と、やまない活動力を貯えて、表面はおだやかな徳望の人でなければならぬと思う。

安倍さんが徳望の人とは思えぬが担ぎ上げてる方々からすれば希望の星だろう。

安倍晋三!A級戦犯被疑者岸信介を祖父に佐藤栄作を大叔父に持つ、3代続く保守本流の御曹子。間違いなく血統書付だ。異端の小泉純一郎の後を継ぎ順風に滑り出したかに見えたがお友達内閣、ベラベラと言わんでもいいことを、つい面白可笑しく話したがるお調子者の政治家に足元をすくわれ「お腹が痛い」と保健室に逃げ込み「辞めた」と敵前逃亡したお坊っちゃま。そのお方が敵失につぐ敵失で迎えたワンチャンス。やぶにらみの石破人気を国会議員の人気で勝ち取り、前回の失敗を教訓に菅さん、飯島さん、世耕さんとしっかり者で脇を固め、無駄口を封印し続けた。

中韓との関係は一向に進まぬ中、しっかり者で固めたおかげか二本の矢は順調に評価されオリンピック招致にも勝利した。消費増税、特定秘密保護法も通し沖縄普天間も道筋が付いた矢先に丸一年を祝したのか靖国参拝を強行した。この事は如何なものかと心配したが世間は概ね賛成のような気配。嫌韓、嫌中も徐々に増え世の中の世相は暗黒の方向に向かいつつあるような。

昨日の話題で総理大臣補佐官衛藤晟一参議院議員が靖国参拝でアメリカを批判したとして発言を撤回、動画を削除したらしい。間違いなく確信犯だ。政治家、政党とも呼べない野党では安倍さんに「聞いていないのでわからない」だの言われてノラリクラリやられてる。元々衛藤なる人は大分の人で郵政民営化反対を唱え離党された方で、復党にあたっては安倍さんの一本釣りみたいな裁量で救われた方。また国民年金を12年近く未納で済ませていた方でもある(これは人生色々なので責められぬが)。気持ち悪いのは宗教団体「生長の家」の活動家である事、宗教法人の総本山は長崎県。大本教から派生したものなのだろうが実態はよぉ~わかりません。参議院のドンと呼ばれた村上正邦さんも「生長の家」。これまた福岡の方で労働族でタカ派の武闘派だ。「生長の家」はNHK経営委員の長谷川三千子さんとの結び付きも見え隠れしている。

政調会長の高市早苗さんに古谷国家公安委員長、教育改革の下村文科相、新藤総務相、稲田行革担当に飯島参与。タカ派かもね。菅さんと世耕さんが食い止めないと暴走しだすと止まらん雰囲気がプンプンしてくる。安全運転も既に必要なしと判断されたのか。

安倍さんの信念はデフレからの脱却、教育改革、そして憲法改正。結構用意周到だ。日銀総裁を白川さんから黒田さんにチェンジし、内閣法制局長官も差し替えて、秘密保護法を成立させ、NHKの経営委員会も自分の意に沿った方々を登用されているのがわかる。そもそも放送局は不偏不党、政治から独立しているべきだと思うが、首相と仲の良い右傾化したメンバーと思える方が経営委員会に名を連ねている。そうなると放送の中立性が疑わしく、変な話「大本営発表」のような事が起きんとも限らん。 彼らの唱える戦後レジームからの脱却とは何なのか。「靖国参拝何が悪いのか?」気持ちはわからんでもないが、あの人たちの参拝姿を見ると、どうにも戦争でもおっぱじめそうな匂いが漂ってくる。NHKの籾井会長の慰安婦発言、百田尚樹さんの人間のクズ発言、彼らに共通するのは「子供たち、若者に日本の素晴らしさを知り、日本に生まれた喜びを伝えたい。」南京大虐殺などは無く慰安婦はどこの国にもあったことだと。長谷川三千子さんの野村秋介への追悼文を一部引用する。

「野村秋介氏が二十年前、朝日新聞東京本社で自裁をとげたとき、彼は決して朝日新聞のために死んだりしたのではなかつた。彼らほど、人の死を受け取る資格に欠けた人々はゐない。人間が自らの命をもつて神と対話することができるなどといふことを露ほども信じてゐない連中の目の前で、野村秋介は神にその死をささげたのである
「すめらみこと いやさか」と彼が三回唱えたとき、彼がそこに呼び出したのは、日本の神々の遠い子孫であられると同時に、自らも現御神であられる天皇陛下であつた。そしてそのとき、たとへその一舜のことではあれ、わが国の今上陛下は(「人間宣言」が何と言はうと、日本国憲法が何と言はうと)ふたたび現御神となられたのである。野村秋介氏の死を追悼することの意味はそこにある。と私は思ふ。そして、それ以外のところにはない、と思つてゐる。この人は、伊勢神宮の森の奥深くに 祠でもしつらえて 幽閉しとくべきだとわたしは思う」<一部抜粋>

すめらみこと いやさか;皇尊弥栄 天皇万歳の意味   現御神;あらびとがみ 天皇の事  祠;ほこら 神を祀る小規模な殿舎

野村さんという方が神宮に神として祀るに値するかどうかはわからんが、日本の子供たちにとって「あんな立派な方が生まれた日本は素晴しい」と誇って云える方なのだろう。百田さんであれ長谷川さんであれ元々そういう毛色の方である事はわかって任命されたはず。彼等に問題があるのではなく任命した方に問題があるのだと思う。

これまでは菅、世耕さんら実務系の必死の火消しが功を奏していたが、ここまで野党が姿を見せず、財界にも御意見番もどきの方がおらぬようになり、イエスマンに囲まれていると、なにやら怪しげだ。ねじれ国会が解消された今、多数を占める自民の思うがまま、尚且つ政高党低!安倍さんのやり放題!集団的自衛権も閣議決定で解釈を変更し決定後に自衛隊法を改正すると述べている。憲法改正は自民党の悲願なのだろうが岸信介さんの悲願でもある。1958年当時の自民党の案は
①9条を改正して軍隊を持つこととする他、②大日本帝国憲法の時代への復古的な改定を目的にする。すなわち、天皇を元首ないし国の代表とすること、公共の秩序のための法律による人権の制限、家族制度の復活、国家に対する忠誠の義務などを定めることを内容にしていた。

軍隊を持つ、天皇を元首にする、家族制度、国家に対する忠誠の義務。今、教育制度改革の中で道徳なるものを取り上げているがオイラは子供たちに「これが正しい!」などと言う道徳を教え込もうという了見には同意できない。なぜなら教える側に高潔な人格を持つオトナなど居ないからだ。もちろんオイラだってそうだ。スケベな事も考えてるし誰も見ていなかったらみのもんたの子供のようにカード持って銀行に走って行くかもしれん。そんな事は今はしませんけど路頭に迷えば生き抜くためにはするかもしれん。自信はないので(^.^)

御本人達は大真面目なのだろうが、大真面目であればあるほど「ぜいたくは敵だ!」の理論に凝り固まっているのではないか。『倫理ということを極端に突き詰めて、健康が極端になりすぎた結果、常識はずれな行動に至ってしまったのです。戦争中の倫理観というのは極端に走るとそうなってしまうのです。(今の見方、未来の見方)吉本隆明 真贋より抜粋』


オイラから見れば、決しておだやかな徳望の人ではない安倍さんだが、政治のベクトルは用意周到にあらぬ方向を目指してたりしてね(^_-)-☆

少し痩せたような [なんか良いことないかな~]

時々体重計には乗るんだけど、今年に入って80kgをわずかに超え危機感を持ってはいた。そんなんで週末だけでもジムに顔を出してたんだけど、体重は代わり映えせず。ちなみにジム通い始めたのが8年か9年前。当初は毎日飽きもせずコツコツ出かけては汗を流してた(^_^) 思い出してみると、当時の方が汗はメチャメチャ出てたように思う。ペダルを踏み続ける器具があるんだけど、やってると雑巾絞るように汗が流れてたのに、今じゃさっぱりだ。干からびたのかな?(。-_-。)

入門?したての頃の体重、体脂肪を見ると、なんと今より6kg少ない。一時期60kg台に突入しそうな勢いは何処に行ってしまったのか。あの頃、大汗かいて、風呂に入って、その足で美味しいお酒飲んでたのが間違いだったんだけどね( ^ω^ ) 今じゃ代謝は衰え、お腹周りはガマガエルみたいになって「社長!」と声をかけられる始末(>_<) それでも童顔が幸いしてるのか愛嬌があるらしい( ^ω^ ) とは云え痩せねば抱えてる病いに悪影響ばかり。週末だけではなく平日もいかなきゃと考えてた矢先に連続の大雪。原付での通勤を諦め徒歩での通勤を続けてるのだが、これが良かったのか?雪で質素な食生活に努めてるのが良いのか?おそらく両方の相乗効果なんだろうけど体重が減ってきてる(^_^) やっぱシンプルに歩くのが断然効果あるのを再認識した( ^ω^ ) もちろんジムのメリットも十分承知してるのでやめませんけどね(^o^)

昨日も雪かき!駐車場はあと3台分が雪に埋れてる。今週は応援に出てるので、自然解凍を待っている状況だ。市内では、 まだまだあちこちで雪かき風景が見られてる。オイラも歳のせいなのか数日遅れの筋肉痛っぽい(。-_-。) いい加減ウンザリだけど自然には逆らえず。金曜の晩から既に4日間、不慣れな雪と格闘してると、非国民と言われそうだが、正直オリンピックの雪も見たくなかったりもする(^ω^) 予報では今夜から明日にかけて、またまた降雪の予報!「どうなってんのよ?」と怒りたくもなるけど、こればっかりは仕方ないっす。そんなわけで本日も徒歩!これで痩せれば雪も嫌いにならずにすみそうだけど…しばらく歩きますよ(^_−)−☆

今朝、道の真ん中を通って通勤してやったぜ(^。^) [なんか良いことないかな~]

朝、ごちそうさん見終えて、8時過ぎに歩き出す。ザクッ!ザクッ!家から表の通りに出るのに靴の中に冷たいモノが(>_<) 「ウヒャ!」っと急いで戻り靴下代えて、靴もゴアテックスに履き替えた。「こりゃ~車に遠慮せんと車道歩くのが正解じゃね!」と判断。本通りに出ても車はほとんど走ってない。多分家から出れてない人がほとんどっぽい(^^♪

2月17日朝.jpg

道路も車が通ったのが一台分しか幅が出来てないので片側通行。歩くんだってちょこまか歩かないと滑って転びそう(^。^) なんとか会社に到着したが、社員の多くは車が動かず時間差通勤の申請が入ってた。本日新潟へ向かう子は東北道経由、磐越道に乗り換え新潟に入ると連絡が入った。事務所に出て来たみんなで駐車場の雪かき。何とか大通りに出れる道は確保。高崎から通ってる子は金曜の晩に自宅の駐車場に入れずコインパーキングに止めてたみたいだけど、今朝は2時間悪戦苦闘したが結局車を出すのは諦めた。そんなこんなでバタバタして過ごした午前中、車が外に出れる準備は終了したので事務所に戻りお茶飲んで一息。「ところで飯どうします?」と聞かれて「えっ!」と気がついた。そういやコンビニに物は届いてないしスーパーも昨晩締まってたらしいし・・・パン屋に電話入れて貰って「パンの耳、余ってないか聞いてみて!」と女の子にお願いした。「パンは無いけど今ハンバーグ出来たらしいです」との返事。外に出て歩き始めたら灯台下暗し。雪かきしてた駐車場の真ん前が営業してた(*^_^*)

120年間で最高の積雪!この影響は半端ないですな。まだまだ日陰は凄い量の雪が残ってるし北方面は年寄りばっかなんで雪の処理も進まんでしょう(=_=) 明日あたりまではバタバタしてそうだ!嘘みたいな話だが明日の晩も雪が降るらしい。そんなに天気予報当たらんで欲しいけど(>_<) とにもかくにも交通事故にだけは気をつけんといかんね。「注意一秒、怪我一生」いつから使われてる言葉なんだか?そんな言葉が、ふと口をついて出た(^_-)-☆

どうでも良い事なんだけど気になる事もある。 [なんか良いことないかな~]

やっと晴れてきた( ^ω^ ) 近所のマンションの人達も表に出て雪かきされてるようだ。先週の雪で流石に懲りたのだろう。オイラといえば、動物園のナマケモノ状態で少しずつ位置を変えちゃいるが、傍から見れば寝たきり老人のようだ。トイレに起きた程度ですな(^_^) こんなんでは床ずれ出来るかも。そろそろ起き出すべ(^ω^)

どうでもいいことなんだけど、気になる事が少しある。独り言ですわ( ^ω^ )

吉本隆明さんが宮沢賢治から関心が離れないで来た理由として「ほんとうの考え」と「うその考え」をどう分けられるのかという問題があったからだと述べられていて、多くの著作物、講演でも取り上げられている。オイラも何度か読み返すんだけど宗教が入るのでわからなくなってしまう( ^ω^ ) 少しだけ引用してみる。

ブルカニロ博士の言葉
「あゝわたくしもそれをもとめてゐる。<中略>みんながめいめいじぶんの神さまがほんたうの神さまだといふだろう。けれどもお互ほかの神さまを信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだらう。そして勝負がつかないだらう。けれどもしおまへがほんたうに勉強して実験でちゃんとほんたうの考とうその考とを分けてしまへばその実験の方法さへきまればもう信仰も化学と同じやうになる。」<一部抜粋> 銀河鉄道の夜より

また「けれどもほんたうのさいはひはいったいなんだらう。」とも主人公に話させている。とにかく「ほんたう」が良く登場する。

日本の教育者で牧口常三郎という方がいて、この方は戸田城聖さんと同じ時期に法華経に入信され、1930年に法華経と袂を分かち創価学会初代会長になられた方だ。宗教の価値を「実験証明」されることである、と主張されている。宮沢賢治も法華経の熱心な信者だったそうだ。賢治の銀河鉄道初稿が1924年なので当時53歳だった牧口さんの実験証明という言葉を知っていたかは不明だけど、法華経信者であり教育者でもあった牧口さんの思想を何処かで見知っていた可能性はありそうだ。

オイラは法華経がどういうものか?には興味はないが「法華経は、あらゆるお経のなかでもっともすぐれたお経である。法華経に説かれていることこそ、最高の悟りに行く道である。それ以前に説かれていたことは、ほんとうは全部まちがいである」とうたっている。ずいぶんだなと思わんでもない( ^ω^ )

信じる者は救われる。本当に神を信じるものは救われるのか?どういう形で救済は受けられるのか?十字軍のように同じ神を信じていないものは殺しても良いのか?「目には目で歯には歯で」(タリオの法)ハムラビ法典の中に書かれた無限な報復を禁じ同害までの報復までにせよとの法体系が基本であるはずのイスラム教。子供に爆弾持たせて罪のない弱者を皆殺しにするテロに正義はあるのか?同じ言葉は旧約聖書新約聖書にも書かれており、主の言葉には「右の頬をしばかれたら左の頬も差し出せ」と書かれている。広島・長崎に原爆を投下したパイロットはキリスト教信者だったのか?亡命物理学者レオ・シラードを中心にルーズベルトが開発にGOサインを出したマンハッタン計画、ルーズベルトとチャーチル首相との間で日本に原爆を使用することに同意したハイドパーク覚え書き。トルーマンに引き継がれた原爆は、いよいよ投下にGOサインが出て数名の参謀、大佐の口からエノラ・ゲイの搭乗員に伝えられる。命令を下した人間たちは広島に住んでいた市民35万人の約半分の人間を殺す事になるのだが、何か罪の意識を感じたのだろうか?16万の人間は瞬間に死んだ人は苦しまなかったかもしれないが、熱で焼けただれ、放射能という見えない殺戮兵器で戦争とは無関係な子供達までも長期に渡りジワジワと苦しみを与えながら殺す。しかも二代に渡ってだ。長崎にも同様の苦しみを与えている。種子島以来敬虔なクリスチャンの多く住む長崎にも後脚で砂をかけるかのように無差別爆撃を仕掛けた人間はクリスチャンではなかったのか。本当に信じるものは救われるのか?

『ヨブ記』と云うのがあって、神が「ヨブは優れたほんとうの信仰者だ。だからお前がどんなに悪いことをしてもヨブの信仰は変わらないだろう」とサタンを煽るわけで、サタンはこれでもかとヨブにこれ以上世の中に酷いことは無いぐらいの事をするわけです。神が悪魔を焚きつけて、悪魔が盗賊団にヨブの財産、使用人、家畜、子供たちまで皆殺しにしてしまう。最後はヨブの全身を皮膚病でいたたまれないようにしてしまう。「これほど死にたいのに、神は死なせてくれない。なぜ生かしておくのだ」とヨブは訴える。

ヨブは、神とは信仰する者も反逆する者も同じように残酷な目に合わすものだという認識と、これ以上の受難には耐えられないわけだから、死にたいのに死なせてくれない。こういう神がいったいあるだろうか。という言い方をすると、ヨブの友達は「神を恨むなんておこがましい。神が救ってくれるなんて、もともとありえないんだ。おまえの訴えていることは、人間と人間の間だけで成り立つことであり、通じることであり、報いられることである。人間関係で出てくる訴えや妬みや絶望などは、神の次元には全然届かないことである」というわけです。<一部抜粋>宮沢賢治における宗教と文学より

人が人として生きるのは誰かに祈りを捧げることではなく、愚直なまでに人の役に立つために積極的に率先して身体を動かす。映画「ポセイドンアドベンチャー」でジーン・ハックマン演じたスコット牧師。船底でただ「祈りましょう」と祈りを繰り返すだけで助けを待つ神父に「バカげている!生き残るのだ。行こう!」と自らの命は自らの力で切り開くのだとリーダーシップを発揮する、カッコ良かったなぁ~( ^ω^ ) そんなのは大変なのでリーダーを補佐する心やさしきマーティンぐらいが自分にはあっとるような気がしますわ。もちろん見返りは求めずにね(-_^)

わけわからん事はほっといて、雪かき手伝ってきましょうかね(^_−)−☆

まるで雪国だ(>_<) [なんか良いことないかな~]

昨日は15時半で切り上げ早めの帰宅!正解だったみたいだね。今朝も朝からドサドサと雪が落ちる音が凄い!いや!すごいなんてもんじゃない。車は多分ここにあるとわかるが姿は雪に覆われている。76cm?もっとありそうだ。玄関前に屋根からの落雪なのかてんこ盛りの雪で表に出るのが大変。2階から下の自転車置き場みたら潰れそうなほど撓んでた。「こりゃヤバイ!」と緊急出動しスレートの上に積もった雪下ろしを実施。マジで疲れた(。-_-。) 反対側の自転車置き場は雪の重みに耐え兼ねて片側から折れてる。多分自転車潰れてそう…先週の大雪なんて可愛いもんだ。あれが大雪だったら今度のは何だ?家の周りを見渡すと彼方此方の2階のベランダ部分が結構ヤバそうな感じだ。撓んで見えて危険な匂いがする。先週積もって弱くなった場所に今回は量、質も3倍返し!120年に及ぶ観測史上最高の積雪?異常気象にも慣れっこだけど、あらためて水の力を認識した(。-_-。) 生まれて始めての屋根の雪かき。寝起きに身体をフルに動かしたせいかシンドイですわ。感じた事の無い動悸息切れを感じる(−_−;)やっぱ身体の具合良くないんかもね。全く、なんて日だ!( ^ω^ )
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「あんなあどけない男の子が良くぞ頑張った!感動した!」と小泉さんなら言いそうだ( ^ω^ )日本男子積年の想いを叶えた羽生君。ちょっとドキドキする滑りで完璧な演技ではなかったが、SPのアドヴァンテージを活かした立派な金メダルだ( ^ω^ ) おめでとう!まだ19歳、次の韓国でオリンピック2連覇に期待する事だって夢ではない。町田も高橋も見事入賞!これで女子もメダルの呪縛からは解放されたと思うので、のびのび楽しんで欲しい。憎々しいほど強いキム・ヨナを誰が脅かすのか?自ら追い込んで失敗するタイプではないので難しいが自分の持てる最高のパフォーマンスで楽しんで欲しい。真央ちゃんはやり残した事はないと言ってはいたが、4年に一度しか巡って来ないチャンス!そのプレッシャーたるや半端ではない。当然実績があればあるほど周囲の期待も大きいし自身も高みを目指す為に、知らず知らずに力が入り、微妙なバランスの崩れを修正出来なくなる。特に力を使うジャンプ技を武器にする真央ちゃんにとっては諸刃の剣。少しのズレが大きく響いてくる。もちろん積み上げた練習は嘘はつかないが、本番に力を出しきれず涙する選手をどれだけ見てきた事か。オリンピックのプレッシャーは、全員に平等に与えられるが追われるものと追うもの、無欲なもの、それぞれに異なる。キム・ヨナとて金メダルは当然との国民の世論がある。彼女が金でなかったら韓国の方々が大挙してソチに向かうのではなかろうか( ^ω^ ) もちろん冗談ですけど(^o^) ここまできたら『運』を天に任せ、結果は神のみぞ知るで開き直るのみ!4年間待った答えが目の前にある。1点もおろそかにせず完璧に演じ切るのみ。どんな結果であれ貴方達が積み上げて来た経験が色あせることはないのだから(^o^)

この雪じゃ明日も一日缶詰っぽいね。食料品だって雪かき終わってない場所多いし、コンビニも配送車来るんかな。今、雪から雨に変わったような感じでドタドタと雪の落ちるスピードが上がったような。予報じゃ竜巻に落雷に注意?何だ落雷って?(^_−)−☆


雪がぱらついて来た [なんか良いことないかな~]

本日は大宮で会議。雪が降り始めてきた。どうやら二週連続の積雪になりそうだ(。-_-。)て事は今週もゴルフは無しですな。電車に乗るんだけど、この季節、マスクは必需品だよね。インフルエンザは厄介だもの。そういえば中国の鳥インフルエンザ!日本に誰かが持ち込むのを避ける事なんて出来るのだろうか?鳥から人は偶発的感染らしいけど、ウィルスが進化して人から人へとなると誰も免疫を持っていないので、もしかするとパンデミック(感染爆発)なんてのも考えておかなきゃなのに大丈夫なんだろうか。
H7N9型 ;弱毒型鳥インフルエンザ 致死率30% 重症肺炎、多臓器不全 患者は中年から高齢者に集中しているが平均値は61歳
H5N1型 ;強毒型鳥インフルエンザ なんと致死率60%
飛沫感染!クシャミで感染ですな。やっぱマスクはしとかんと( ^ω^ )

先日、久々に怒られた。
「『信頼』はしても良いけど『信用』は、そう簡単にしちゃ駄目だよ」とは大先輩によく聞かされた話だ。
信頼;こいつなら仕事を任せてもちゃんとやってくれるだろう。
信用;過去の行為、実績を評価し任せる事(正しく実行出来る能力がある)

功(こう)の成るは成るの日に成るに非(あら)ず。
けだし必ず由って起こるところあり。
禍(わざわい)の作(おこ)るは作(おこ)るの日に作らず。
また必ず由って兆(きざ)すところあり。<蘇老泉>

何事も一朝一夕で成らない。平素の努力の集積によって成功する。また、禍が起こるのもその日になって急に起こるのではなく、前から必ずその萌芽があるのだ。

努力の集積!これが難しい(。-_-。) 人間的にはいい奴だとは知っている。お客様だって、奴が真面目だとは理解してくれている。でも何かが足りない奴はいるもので、問題の根が隠れている場合が多い。禍は急に起こっとるわけではなく禍が起きる芽を摘んでおかねばならない。ただ、ぼーっとしてると、そのうち緩くなり、人が変わったあたりで、その芽が顔を出す事がある。それが労災や交通事故、ひいてはクレームだったりする。
「えッ!何でそんな事になるの?」「こういうの、あるわけないだろう」と思うんだけど何年かに一度、登場人物が多くて情報オーナーが曖昧だったりした時にポカが出る!そんな「まさか?」を失くす為に、いろんな事を試行錯誤してきたが、事故と同じで忘れた頃に「まさか?」は起こる。どんなに気を付けていても起きる時は起きるものなのだ。大きな声では言えないが、所詮、人間なんて忘れる動物だし、間違うモノと考えた方が自然だろう。重要なのは、その時の対処の仕方!ここをしくじるのは致命的だっちゅう事ですわ(^ω^)それにしても毎度、穴があったら入りたいと思うような事ばかりで。

はしかも静かに流行してるらしい。世の中リスクだらけ。口も災いのもと!いらん事は云わんように、こっちもマスクは必需品かもね(^_−)−☆

雑感(2014年2月10日) [なんか良いことないかな~]

仏教の究極の教えとは何でしょう。松原泰道師は即座に答えられた。
「上求菩提 (じょうぐうぼだい) 下化衆生(げげしゅじょう)」

上求菩提; 己の人間性を向上させること
下化衆生; 少しでも世のために尽くすこと

自身の手帳の念頭の所感に書く言葉にピッタリだ( ^ω^ )


佐村河内守

全く知らん人で、どこで切ればいいのかと思ったのが最初か。耳も聞こえていたらしい。一昔前ならあぐらを組んでジャンプしてそうな雰囲気を感じる。告発人も何で今更と思わんでもない。よっぽど腹に末兼ねたのか、二人の間で解決すべき話を、わざわざつまらんメディアに話題を提供する必要などあったのか。高橋君も迷惑な話じゃろう。

舛添要一

舛添要一が当選した。他に魅力ある候補がいなかったというのが第一の理由だろう。インチキ臭い弁護士と戦争でもやりかねない航空幕僚長に脱原発だけで勝負しようとしたズレた年寄りでは、実績もある舛添さんが安全かと消去法が働いたわけだ。あの方にどんな魅力があるか?たけしのTVタックルで田嶋さんと怒鳴りあってた姿を見ると評論家然とした感じで女性蔑視とも見えた方、まぁ相手が田嶋さんでは誰でも切れるとは思うけど( ^ω^ ) ただ、女性に関してはだらしがないと云うか辛抱がたまらんお方のようだ。

ある時期、総理候補に名前を上げたメディアもあったが人徳は無く人気という意味ではゼロだった御仁。そのような方が自分の力・人望で掴み取ったなどと勘違いして欲しくはない。低い得票率と自公の組織票に支えられての当選。自民にしても今回の当選により脱原発が民意ではないと免罪符を与えられたと思って欲しくはない。今もまだ福島原発は何も解決してはいないし廃炉などとんでもない状況なのだ。

あの方は頭が良すぎるので詐欺まがいの話に騙されそうな気がしてならない。原子力に関係する利権やオリンピック予算で一儲けを企む悪い奴らに巻き込まれ、猪瀬さんの二の舞にならぬ事を願う。ただ、あの方の公約に産婦人科医を増やすというのがある。今、始めても何年もかかるのだが是非とも増やしていただきたい。医者の世界でも、いわゆる3k「きつい」「汚い」「危険」の業種。赤ちゃんが産まれる場所で汚いとの表現に違和感を覚えるが、成り手が少なくなっているのは事実だ。仕事がハードな上に訴えられるケースが外科の3倍では敬遠されても仕方ないのか。お産しようにも医者が居ない。「お産難民」「少子高齢化」「高齢出産」今、男子に比べて元気な女子は多いように見受ける。本当は家庭に入って元気な赤ちゃんをたくさん産んで育ててもらいたいのだが、世の中は逆の方にシフトしており夫婦共働き、待機児童と若い夫婦が安心して子育て出来る環境も整備されているとは云えず。

舛添さん、今朝のニュースでインタビュー受けておられたが既に増長の気配を感じたような。もともと調子の良い評論家タイプで、泥を飲むような泥臭さや、真の優しさも持ち併せてはおらんように見える。もちろんオイラの勝手な偏見だが、出来ればオイラの期待を裏切る御仁であっていただきたい。大都市東京が世界一安全で安心な街である為に強靭な街づくりを、そして高齢者や働く女性や若者に優しい街であって欲しい。いきなり公職選挙法で咎められたりせぬように。ここを最後の死に場所に都民の為に生きていただきたい。

なんてね(^_−)−☆



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